これまでのメッセージ
★中立という無責任
久しぶりに鬱になりそうだ。日々のニュースを見ていると体調も悪くなる。だからネットもテレビも消して全てのノイズから現実逃避する。ここ数カ月の私のフォーカスは、もっぱら最近家族になった保護犬ミゲルである。
そんな中で気づいた。私は今この世界に君臨する裸の王様たちの計画にまんまと引っかかっているのだと。この世の無残な出来事に対し無関心でいることは、神が造られた命を虫けらのように殺す加害者側に立っているのと同じである。ミャンマーでもウクライナでもガザでもイランでもその他の国々でも、明日まで生き延びれるかと恐怖の中で生きている人々が大勢いる。戦火の中に置かれた人の宗教が何であれ、彼等の命を軽んじるのは神に対する冒涜だ。
それにもかかわらず、クリスチャンと自称する人々の中には、イランへの攻撃を正当化したり、中立でいた方がよいと語るお花畑な人もいる。リアルタイムで大勢が殺されている現状がいくら遠く感じるとしても、安全なところに身を置きながら中立を言うのは、あまりにも軽率で無責任である。
今の私には祈ることしかできないけれど、加害者側に立ってしまわないよう祈り続けよう。 (大藪順子(陪席者) 2026.4)
★ジェンダーを超越した「りくりゅうペア」の魅力
この2月、イタリアのミラノで、冬季オリンピックが開催された。モーグル競技から始まって、日本の若者が躍動し、メダルラッシュに沸いた3週間だったが、なんと言っても印象に残ったのは、会期後半に行われたフィギュアスケート個人の「りくりゅうペア」の大逆転劇だろう。
前半の団体戦でも活躍したペアだったが、ショ〜トプロクラムでまさかの失敗。泣きに泣いた木原選手が、パートナーの三浦選手の励ましに応えて、フリー演技直前に気持ちを建て直し、世界中が見とれる美しい演技を披露した。その技術力の高さと芸術性に加え、多くの人の胸を打ったのは、二人の間のユニゾン(同調性)。試合後の記者会見で、地道な練習を共に積み重ねた7年間で培われた揺るぎない信頼関係とお互いへのリスペクトが語られたが、それこそが、あの見事なユニゾンと逆転劇を産んだ源だったのだろう。
多くの報道があった中で、『りくりゅうペアの爆発的人気の理由』を説いた面白い記事を見つけた。男女のペア競技者に対して、ありがちな、男女関係を覗う世間の偏見を超越した、二人の間の「愛」が、ペアの人気の秘密だと言う。敢えて直言すれば、「性愛」を感じさせない、という意味も含むのだろうか。確かに二人は、(自分達でも「精神年齢が低い」(笑い)と言っているが)、良い意味で子どもっぽく、そのお喋りは、小学生の兄妹のように感じられる。
ただ、私が何より素晴らしいと思うのは、二人の関係がジェンダーを超越している点だった。競技としては、男女の役割分担がここまではっきりしているスポーツも珍しいが、彼らの言動は、「男だから、女だから」という世間一般の役割分担論から全く自由で、良い演技をする、という一点の目的のために、食事づくりにしても、買い物、掃除、日常生活の細部に至るまで協力し合って、できる方がやる、できる方ができない方を助ける、という暮らしぶりを徹底している。木原選手には「男は、かくあらねばならない」という気負いが全くないし、三浦選手も、女性特有の媚を売る気配が全くない。この奇しくも自然態の二人が醸し出す、可愛らしくも温かい雰囲気が観る者を魅了するのだろう。
二人は、今後も競技者として、また、フィギュアスケート界の指導者として共に歩みを続けていくのだろうが、それと同時に、新しいジェンダーのロールモデルとして、人々の記憶に残り、彼らのような生き方をする若者たちが、この日本に増えていくことを願いたい。(水田秀子2026-3)
★「高市さんが残したこと」
高市政権が発足した(もう終わろうとしているけど)。ある友人(女性)が国会議事堂前を歩いていた時、外国から来た記者らしき人に「今度の首相は女性の首相になって良かったですね」と言われ、思わず「良くないです」と答えたとのこと。たとえどんな首相であっても「初の女性首相誕生」だということだけは喜んでいいこと…なのだろうか?
「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いてまいります」と宣言して「社会のしわ寄せを受けている弱者」ではなく「強さ」を強調した高市さん。圧倒的に女性が不利益を被っている「夫婦別姓」を解消しようとしないどころか、存続させようとして「父権的な家制度」を固持する高市さん。隣国との戦争をあおって収拾がつかなくなった高市さん。統一協会問題や政治資金問題をうやむやにする絶好のチャンスとばかり衆議院解散総選挙をもくろむ高市さん…。短い期間だったけど、高市早苗さんが首相として残したことを考えると、頭を抱えてしまう。
でも高市さんばかり批判するわけにはいかないのです。彼女を選んだのは有権者である(わたしを含む)「国民」なのですから。(平良愛香 2026-2)
★自分の性は自分で決める(「ジェンダーアイデンティティー法」)
昨秋、「ラテンアメリカ・キリスト教」ネットの研修で、ブラジルに約3週間滞在した。その折、イエズス会「ブラジリア文化センター」にて、事前に依頼してあったセクシュアルマイノリティ当事者の方々とお会いすることができた。初対面だったにも関わらず互いの国の状況や活動を紹介しあい、新しい視点も与えられた貴重なひと時だった。
2012年にアルゼンチンで上記が法制化されたと聞いていたので、早速ブラジルの状況を伺った。この法律は18歳以上であれば性別変更を申請できるが、ブラジルでも2013年に法制化されていた。2022年の統計では、11,022件の同性婚による婚姻が登録され、増加傾向にあるそうだ。トランスジェンダーの性別適合に関する手術は無料だが、診断から治療までに時間がかかるため、早期の手術を願う人はタイに赴くとの事。日本では、施術の順番によっては保険が適用されないため、疑問の声があがっている。
ブラジルのパスポートは、F・M・N(ノンバイナリ―)と記載される。制度的には格段に整っているブラジルだが、家族の理解が得られなかったり精神的な葛藤から、若くして亡くなる方も多い。性別は男女の2種類でそれ以外は認めない、それ以外の婚姻も認めないとの聖書理解がやはり根強いのだろう。世界中で、聖書の記述を根拠に当事者を追い詰めていることは否定できない。
数日後、ブラジリア聖公会大聖堂においてフェミニスト神学・クィア神学に関する小さな集会をもち、日本キリスト教協議会(NCC)が2024年に発行したGender Justice Policy(英文)を配布して日本の状況を報告した。会場となった聖公会の教会では、既にゲイのカップル5組の結婚式を挙行していた。同性婚は元より夫婦別姓さえ認めようとしない日本政府や一部政党の頑迷さだけでなく、日本の教会もまた世界から問われている。
11月28日、東京高裁は同性婚否定を「合憲」と判断した。全国の同種訴訟6件で初の「合憲」判決で、他の5高裁判決はすべて「違憲」だった。アジアでも既に台湾、タイ、ネパールは同性婚を法制化している。 日本のキリスト者の意識が問われていることは確かだ。 (比企敦子 2026-1)
★「非暴力による平和・市民的防衛」
自民党が選んだのは、高市早苗新総裁。夫婦別姓は認めず同性婚の法制化に反対、馬車馬のように働くことを推奨し自分はワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てると宣言、外国人対策の強化を主張、防衛費はGDP比3.5%も厭わないらしい。この人のもと、この国はどこへ向かうのだろうか。
パレスチナでは、イスラエルによる今回のガザ集中攻撃が始まって2年。町を壊滅的なまでに破壊し67,000超のいのちを奪い、強制的飢餓状態も創り出し、それでも自分たちの正しさを微塵も疑わない(だろう)ネタニヤフ首相。そして傍観することで加担してしまっている、わたしたち。
どこを向いても暗闇の中、つい最近、遅まきながら政治学者のジーン・シャープ(2018年没)という名前を知った(「週刊金曜日」2025.8.22号/想田和弘責任編集ページ)。彼の提唱した非暴力による平和・市民的防衛は、実は武力による応戦よりも成功確率が高いという。「抗議と説得」「非協力」「非暴力介入」の3つの大きなカテゴリーに分けて198の具体的な非暴力行動も示されている。実行が厳しい項目も並ぶが、せめて自分にできることを、そして仲間を、少しずつ増やしていきたいと願う。
『3匹のかわいいオオカミ』(ユージーン・トリビザス文/ヘレン・オクセンバリー絵/こだまともこ訳/冨山房)という絵本を思い出す。有名な「3びきの子ぶた」の話が下敷き。オオカミ3兄弟はそろって巣立ち、出会ったカンガルーに煉瓦を分けてもらって家を建てる。家の完成後「悪い大ブ3タ」がやってきて「中に入れろ!」と騒ぎ、「フーッと吹いてプーッと吹いて」みたりするが、家はもちろん壊れない。ところが大ブタは、ハンマーを持ってきて煉瓦の家を壊してしまった。命からがら逃げ出した3匹は、「もっと丈夫な家を建てなきゃ」と、コンクリートで家を建てる。お決まりの「フーッと吹いてプーッと吹いて」もびくともしない家を、大ブタは電気ドリルで壊してしまう。次は鉄骨・鉄板の家。これもダメ。3匹は考える「きっとぼくたち今まで間違った材料で家を作ってたんだ」。そして建てたのは、そよ風にも揺れる、とってもきれいな花の家。大ブタがやってくる。例のフレーズで息を思いっきり吸い込むと、素敵な花の香りが鼻に。思わずもう一度。もう一度……。こうして体中がいい香りで満ち優しくなった大ブタは、オオカミと仲良く暮らした、というお話。暴力積み上げ合戦に懸命な為政者たちに、ここから学んでもらいたい。 (原 直呼
2026-11)
★ 別姓だとおかしいですか?
法律婚の場合、夫婦同氏制度の日本では妻か夫どちらかの姓を選ばなければならない。「どちらか」でいいのだが、姓を変えるのは圧倒的に女性側が多く、内閣府のデータによると全体の約95%(2023年)が夫の姓になるという。姓を変えたくなければ事実婚を選ぶしかない。私も結婚当初は事実婚だった。けれど、夫の両親との関係が悪くなりそうになって、不本意だったが夫の姓で婚姻届けを提出してしまった。地方では特に、家父長制度が色濃く存在している。それからも旧姓を使用しているが、公的申請書や契約、病院関係書類などでは戸籍上の名前を要求される。住民票は旧姓連記の手続きをしているが実際には役にたたなくて、その度に、自分の名前ではない名前を書かなければいけないという、モヤモヤ感を味わってきた。
今年の6月、選択的夫婦別姓の導入法案が28年ぶりに衆議院で審議入りした。明るいニュースと思われたが、結局継続審議となって採択されなかった。導入に反対する議員の考は、旧姓使用の拡大と周知を推し進めることで問題は解決するのではないかということのようだ。けれど、これは全くの的外れだと思う。夫婦別姓を希望するのは自分の名前を変えたくないから。自分の名前を取り戻したいから。だから、名前は『ひとつ』でしかあり得ない。それが、自分が自分であるために必要なことなのだから。日本の伝統的な家族観を是とする議員は、夫婦別姓が「家族の一体感を損ね」「子どもに悪影響がある」とも主張している。我が家は元里親で、家族5人の中で4人の姓が違うという時期があった。問題はいろいろあったが、それでも一緒にいる間5人は家族だったし、家族でありたいと願って生活していた。今の世の中、いろんな家族がいる。親の離婚や再婚など様々な理由で、姓が一緒でない家族が現に存在している。その存在を否定するような上記の言葉は許せない。
選択的夫婦別姓制度は、すべての夫婦が別姓になることを求めているわけではない。結婚しても同じ姓を使い続けたいということを当たり前のこととして認め、その願いが叶う日がきてほしい。(渡辺幸子 2025/9)
★ 危険な「〇〇ファースト」~その2
参院選が終わり、与党が「歴史的敗北」を遂げた。一方、「日本人ファウスト」を掲げる新興勢力が、圧倒的な議席の伸長を果たし、得意満面だ。選挙前の街頭インタビューで、若者たちが「外国人に、いっぱい税金を使うのは問題ですよねえ」としたり顔に言っているのを聞いて、この人たちは、一体何を根拠にそのようなことを言っているのだろうと思ってはいたが、まさか、ここまで、30代40代の現役世代が、彼らの主張を真に受けているらしい、ことに全く驚いた。しかし、わが身を振り返ってみれば、手軽に流れて来るSNSの情報をうのみにしているのは、若者だけではないかもしれない、とも思う。ロシアのある機関が、自国の利益に叶う政党の情報を活用して、選挙前、拡散活動を行った可能性がある、ととある研究者が、データを示しながらテレビで語っていたが、これだって、本当に信じてよいのかわからない。情報による世論操作は、SNS隆盛の現在に始まったことではないけれど、ファクトチェックをどう行い、自らの立ち位置をどう築くのかが問われる時代だと、改めて感じた。(水田秀子 2025/8)
★ 危険な「〇〇ファースト」~単なる言葉ではない
NHKの朝ドラ再放送「ちょっちゃん」が突然休止になった。DV夫の下で耐えつづける妻をよしとする時代錯誤なドラマが流れなくなったことに大賛成だったが、休止の理由が出演俳優が出馬したとのこと。選挙後は続きが放送されると聞いて残念だ。が、今回は最近始まった選挙合戦で思うことを書いてみたい。
「日本人ファースト」という言葉に惹かれる人が多いようだ。給料は上がらないのに物価は上がる。そんな不安と不満をぶるけるため社会はスケープゴートを作りたがる。怒りの矢先を、こんな社会にした政治家に向けるべきだが、そう考えない人が多いのも、悲しいかな、日本の現状だ。今の状況に対し何をどう考えたら、投票権のない外国人市民のせいになるのか理解不可能だが、残念ながら不満を外国人に向ける人は多いようだ。「日本人ファースト」という言葉も、そんな心理を持つ人たちの票を狙っての事なのは間違いないのはわかるだろう。 ただ、そのような発言をすることは、自分以外はどうでもよいと差別意識を公言しているのと同じである。外国人労働者がいなくなったらこの国は終わりなのに。
今のアメリカを見てほしい。アメリカファーストの元、罪もないこどもまで保護者から引き離され、主に有色人種でビザのある人も市民権のある人も、マスクをして武装したICE職員に連れ去られ国外追放されている。アジア系を含む有色人種のコミュニティは恐怖に覆われ、外に出られなくなった人や鬱に陥る人までいると聞く。アメリカにいる我が子にはパスポートを持ち歩くように伝えたが不安である。
ナチスドイツのやった歴史を見れば、〇〇ファーストは単なる言葉ではなく、誰かの人権、命まで奪いかねない現象を生み出すほど危険なのだ。安い安いと買い物をする外国人観光客を横目に、米が買えずに麺ばかり食べていたという人をニュースで見たが、それ全て、政策の問題です。怒りの矢先は、選挙でしっかり向けてほしい。(大藪 順子 2025/7)
★ガザを見つめ続ける
2023年10月にイスラエルによるガザ侵攻が始まって、1年半余りが経った。当初から、SNSではガザの人々が撮影した写真や動画が大量に流れていた。爆撃によって燃え上がる炎、破壊された建物、ケガをした人々、遺体、バラバラになった人の手足、それを拾い集める人。遺体に取りすがって泣き叫ぶ人、カメラを見つめ、世界に向かって「私たちを忘れないで」と訴える人。ある時期からは食料が不足し、飢餓に苦しむ人たち。痩せ細った体。子どもとも大人も苦しげな表情を浮かべていることが多いが、時には笑顔の映像もある。「私たちは負けない、私たちは希望を捨てない」というメッセー
ジと共に。その笑顔にすがって、何もできない自分の無力さを棚に上げて希望を語りたくなるが、その数秒後、そんなことが安全地帯にいる私に許されるのか、と黙り込む。
こんなにも可視化されているのに、世界中の人々の目の前で大量虐殺が起こっているのに、国際社会は止めることができない。なぜそんなことがあり得るのだろうと思う。この光景を見たら、誰もが何とかしなくてはと思うのではないか、その力をもつリーダーたちはなおさらだろう、という無邪気
な期待は早々に裏切られた。
自分に何ができるのかと考え続けている。イスラエルの製品やイスラエルを支援する企業の製品は買わない。支援のためという物品を買う、支援団体に寄付をする。ガザについて、パレスチナについて自分の周りで話題にする。署名やアピールを呼びかけられたら名を連ねる。教会で働く私は、公の
場で祈る機会も多く、そこではガザのために祈る。1年半の間、何度も祈るうちに、祈りの文言がまるで定形文のようになっていく。私の表現力が乏しいためだが、この祈りがルーチーンになってしまう恐れを感じる。祈りの力を必死で信じ、自分を奮い立たせる。できることは、本当に少ない。
ガザの人たちの苦しみを分かち合うことができたらと願うが、それも難しい。遠い日本で暮らす私には、住むところもあるし、物価が高騰しても、自分が食べるものは確保できる。友人と笑い合い、本を読み、時には映画を観に行く。幸せを感じるたび、今この瞬間に苦しむ人のことを思い、どうし
ていいかわからなくなる。
この原稿を書いている2025年5月31日現在、「イスラエルでは風向きが変わり、国内で戦争に反発する声が高まっている」というニュースが流れ(1)、イスラエルを支持する立場を貫いてきたドイツの首相が「イスラエルのガザへの攻撃を正当化することはできない」と批判したと報じられた(2)。
米国の提案で停戦交渉が進められていることも伝えられている(3)。希望をもっていいのか、と臆病になりつつ、それでも希望をもち続けるしかない。まずは停戦、そしていつか神の平和がもたらされるように。(柴田朋子 2025.6)
先日、ネパールのカトマンズで開催中のILGA(国際LGBT協会)Asiaカンファレンスに参加していた上野玲奈さんからメールが来て、「韓国から参加しているソ・ダウンさんから、『韓国では性的少数者に祝福の祈りをした牧師が何名も教会から除名になっている。この問題を打破するために、日本のオープンリーな性的少数者のキリスト者の賛同がほしい』との訴えを受けたので、カンファレンスの期間中に賛同者を募りたい」とのこと。急いで連絡を回し、2日間で約40名の日本のオープンリーLGBTQ+のキリスト者の賛同を送ることができました。ソ・ダウンさんがとても驚いていたそうです。
韓国の状況を憂いつつ、日本でできることがあるのだ、と感じました。(平良愛香 2025.4)
「謝罪したりなんかしません」
表題の言葉は、1月21日ワシントン大聖堂において米大統領就任式礼拝で説教したマリアン・エドガー・バディ米国聖公会主教が、トランプ氏からの謝罪要求を一蹴した時のものです。正確には「聖書を読んだり福音を説いたりしたことを謝罪したりなんかしません」でした。
就任式の礼拝をYouTubeで視聴しましたが、トランプ氏は説教中終始渋い表情でした。彼は前日の就任演説において「生物学的な男女だけを性別として認める」と語り、大統領令にも署名しました。主教はメッセージの中で「民主党、共和党、それ以外の無所属の家庭に性的マイノリティの子どもたちはおり、彼らは命の危険を感じている」と語りました。「また危険にさらされているのは、国外追放を恐れている人々も同様だ」と続け、「多くの移民は犯罪者ではなく良き隣人である」とトランプ氏に対して再考を求めました。
以前、世界聖公会内においても性的マイノリティへのスタンスは割れていて、国際会議でも互いに席を共にしないと聞いていました。それ故、この度のM.E.バディ主教の勇気に、心から感謝のエールを送りたいと思ったのです。WCC議長も主教にエールを送ったそうですが、今後、聖公会内部から主教に対する批判が起きる可能性もあり得ます。注視し、必要なら日本からも声をあげたいものです。
一方、大統領令に逆行するかのように、23日にはタイで同姓婚を認める法律が施行されました。アジアでは台湾、ネパールに続き3例目で、東南アジアでは初めてです。
日本でも昨年、同性婚を認めない民法などの規定は憲法違反だとする違憲判決が3高裁(札幌、東京、福岡)から出され、今年度中に最高裁が判断するとも言われています。
2026年度発行のマイナンバーカードからは性別欄が削除されます。性別欄があるために、これまで就職に応募できなかった若者や人々が多くいました。課題は残りますが一歩前進です。 (比企敦子)
今月20日、トランプ政権が復活する。前回暴力で人を抑圧することを厭わず、移民政策では親子を引き裂き0歳児までも檻に閉じ込め、自分は法の上に立つ神だと振舞った。それまで隠れていたレイシスト達がヘイト言動の許可を得たかのように振る舞い始め、白人優位主義と女性のコントロールを貫きたい教会もヘイトメッセージに同調した。彼等に対する神の審判が恐ろしい。
兵庫県でもトランプ現象が起こった。パワハラで辞めさせられた知事が再度選ばれたのだ。この人も自分の暴力行為に無頓着。恐怖政治がまた始まることを感じている県職員もいるだろう。当然、彼に投票した人たちにそんな恐怖はない。
両者ともDV夫婦と同じ構造だ。加害者は暴力で精神的、経済的に被害者をコントロールする。被害者は自分の基本的人権が搾取されていることに気づかず、それが愛や正義だと加害者の行為を正当化する。愛する人の命が危険にさらされてやっと自分の置かれている状況気付く被害者もいるが、それまでにどれだけのものが失われてしまうのだろう。
AIの時代でも人はそれほど進化しない。逆に人のメンタリティーは後退しているように見える。この世の終わりも近いのか。それとも、神に立ち返るための試練なのか。わからないことだらけだ。それでも私たちは、誰かの権力維持のために使われる暴力や、人種や属性で命が軽んじられる社会、そして神の名を利用して行われる虐殺へNOを言い続けなければならない。小さな声だが、神は聞いてくださっている。
最後に、神奈川教区性差別問題特別委員会に陪席させてもらい約3年。小さな群れだが、教会の中のDV構造にNOと言い続けるためにはなくてはならない存在だ。ちんぷんかんぷんなことも多々あったが(笑)、筋金入りの委員たちに魅せられた3年間だった。貴重な委員会予算で、私が常々広く知ってもらいたいと思っている人を講師に呼び、集会を開いてくれたことは特に感謝している。横浜を離れても、ここでの経験を次の場所で生かすことができたらと願う。この出会いを与えてくれた神に感謝する。(大藪順子 2025.1)
谷川俊太郎さんが亡くなった。残念。谷川さんの作品には絵本もたくさんあって、多くの子どもがそれに触れて育った。そしておとなも。詩人のことばは、絵と響き合って素敵な、ときに不思議な世界を紡ぎ出す。たとえば『かっきくけっこ』(堀内誠一:絵、くもん出版)。「あいうえお、かきくけこ……」と、五十音が続くだけなのに、のばしたり撥ねたり同じ文字を重ねたりすることで「文字の音」のイメージが浮かび上がり、絵と共鳴している。あるいは『へいわとせんそう』(Noritake:絵、ブロンズ新社)。こんなにシンプルで説得力のある平和絵本をほかに知らない。
翻訳作品にも詩人のセンスが光る。「ピーナッツ」やレオ・レオニ作品などが有名だけれど、アムネスティ日本と共同でやさしい日本語に訳した「世界人権宣言」は、ぜひご一読を(アムネスティ日本のホームページで読める)。第1条は《みんな仲間だ》のタイトルのもと「わたしたちはみな、自由です。ひとりひとりがかけがえのない人間であり、その値打ちも同じです。だからたがいによく考え、助けあわねばなりません。」とある。第2条は「《差別はいやだ》わたしたちはみな、意見の違いや、生まれ、男、女、宗教、人種、ことば、皮膚の色の違いによって差別されるべきではありません。また、どんな国に生きていようと、その権利にかわりはありません」。
最後の第30条は「《権利を奪う「権利」はない》この宣言でうたわれている自由と権利を、ほかの人の自由と権利を奪うために使ってはなりません。どんな国にも、集団にも、人にも、そのような権利はないのです」。
各地で侵攻や紛争が続き、身近なところでも経済的・性的・精神的な搾取がおこなわれている社会にあって、わたしたちは今、この言葉にしっかりと向き合う必要があるのではないか。為すべきことを為すよう、そして留まるべきを留まるよう促されていると、あらためて心に刻みたい。う
12月10日の世界人権デー(1948年に世界人権宣言が採択された日)には、谷川訳世界人権宣言を声に出して読んでみようと思う。
(原 直呼)
石破内閣が誕生して僅か8日後に衆院が解散され、「政治と金問題」争点の衆院選挙があっという間に始まり、あっという間に終わった。女性議員は何人はいったかな、と家で取っている2紙に目を凝らしたが、朝日が翌日の28日の一面選挙詳報の最下欄に、ごく小さく「73人で過去最多」と載せていた。前回選が45人、過去最高は09年の54人だったそうだ。図書館に行って他紙を調べたら、東京、読売新聞が、29日に朝日よりは大きな欄をとって、政党別などの情報も伝えていた。地元紙神奈川新聞は、29日一面のコラム「照明灯」に、女性参政権が採用された初めての1946年の選挙時には、全国で39人が当選し、議席数に占める割合は8.4%だったと記載されていた。78年間で約倍になったということだ。神奈川県からは松尾トシ子という人と、吉田セイという二人が当選し、神奈川新聞は両者の主張を一面で取り上げた、と少し誇らしげに書いていた(今回はなかった)。それにしても、15.7%では、低下し続ける日本のジェンダー・ギャップ指数があがりそうもない。数や率が小さくとも、超党派で選択的夫婦別姓制度など、女性が痛みを抱えている問題に取り組み、実現させるなど身のある政策に取り組んでもらいたい。(水田秀子 2024.11)
NHKの連続テレビ小説「虎に翼」が終わりました。日本ではじめての女性弁護士で、後に判事になった三渕嘉子さんがモデルで、ドラマでは「猪爪寅子(ともこ)」という名前で登場します。女性に選べる職業が限られていた1930年代に法律の勉強をすることを決心した寅子が、同じ志を持つ仲間たちと困難を乗り越えながら生きていく様子が描かれていて、憲法公布、民法・安保・少年法改正などの社会の動きと共に、戦争孤児、夫婦別姓、朝鮮人・LGBTQ差別などのテーマも取り上げていました。
正確ではないかもしれませんが・・・「法改正されても女は不利のまま。女ってだけで、できないことばっか。生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない、男か女でふるいにかけられない社会に、みんなでしましょうよ」「私たち『現実はこうだ』って、切り捨てられて諦める苦しさ、たくさん味わってきたじゃない」「お互い誰かのせいにしないで、自分の人生を生きていきましょう」「未来に種まく仕事をしよう」などなど・・・登場人物たちの言葉が心に響いて、共感したり教えられたりしました。
ドラマの中で一貫して流れていたのは憲法14条1項、法の下の平等。『すべて国民は、法の下に平等であって、人権、信条、性別、社会的身分又は門地により・・・差別されない』。もし実現したら、生きづらさを抱える人たちが、自分らしく楽に生きていけるようになるのに。(渡辺幸子 2024.10)
数年前母方の叔母から一枚の写真を渡された。戦時中の写真だという。当時、川崎航空機に勤めていた祖父の“特権”で、同社が製造していた戦闘機「飛燕(ひえん)」の前での撮影となったらしい。「飛燕」の真正面に祖父、赤ん坊だった叔母を抱いた祖母、10歳だった母が誇らしげに並んでいる。そしてもうひとり、飛行服に身を包んだ戦闘機のパイロット(と思われる)青年も一緒に写っていた。
戦後79年を迎えた。ながい時を経て新たな証言や資料が出てきている。それら(の一部)を知るにつけ理不尽かつ不可解かつ不愉快さが増していく。政府と軍によるプロパガンダ「一億総特攻」で煽られた国民と兵士が君の盾となりいのちを落としていく熱狂。だが現実には無念と悲しみしかない。あの、飛行服に身を包んだ青年は、その後、「飛燕」に乗って飛び立って行ったのだろうか。
最近読み直した『ボンヘッファー1日1章』の中にこんなことばがあった。「ところで、『イデオロギーに基づく行動』の場合は、自分の正当性をいつも自分自身の原則の中に持っているが、『責任ある行動』の場合は、自分の行動が最終的に正当であるかどうかについての認識を放棄する。(中略)イデオロギーに基づいて行動する者は、その観念によって自分自身を正当化するが、責任ある行動をする者は、その行動を神の手にゆだね、神の恵みと憐みによって生きるであろう」。この混沌の世にイデオロギーなどと大層な観念は持ち合わせておらず、ボンヘッファーほど神に依る確信が持てないわたしはどうしたらいいのか途方に暮れる2024年夏である。(工藤玲子 2024.9)
ジョー・バイデンが退任を表明し、「黒人女性・アジア系 初」のカマラ・ハリスが民主党大統領候補に選出された。特に若者の間で、ハリス旋風がまき起こっていると聞くが、副大統領だったこの4年間、日本国内では彼女に関する報道は殆どなかった。米国内でも余り評判は良くなかったそうだが、実態はどうなのだろう。正式指名直前の集会でのスピーチを聞いたが、良く通る声と開放的な明るい表情、なによりエネルギーに満ちた若さが印象的だった。8年前にフェイクニュースに押しつぶされ、「ガラスの天井」を破れなかったヒラリー・クリントンも応援しているそうだ。黒人女性・アジア系だからではなく、その政策と嘘のない真っすぐな性格で、大統領の座を射止めてほしい。因みに、ウィキペディアによれば、カマラの名前は、ヒンデュー教の女神ラクシュミーの別名で、サンスクリット語の「蓮の女性」(梵:kamala)に由来するとのこと。(水田秀子 2024.8 )
★ 「また沖縄で少女が誘拐・暴行された。」
また沖縄で少女が誘拐・暴行された。米兵によるものだった。たまに「一般人による性加害もあるのに、米兵ばかり加害者であるかのように言うな。性暴力事件を基地反対の口実に使うな」と言われることがある。確かに「一般人」による性加害も許してはならない。けれど、軍人による事件はその背後に「土地や人々を戦利品であるかのように錯覚してしまう暴力性」と「力のある者がその下の者を支配する軍隊の構図」があるのを強く感じる。たまたま起きた残念な事件ではなく、軍隊が駐留しているというのは、性暴力事件が起きやすい環境がそこにあるということなのだと感じる。
ただ今回はもっとショックなことがあった。事件が起きたのは昨年12月だったにも関わらず、半年以上もそれが沖縄県に知らされていなかったということ。事件を知った外務省が、それを3カ月間も隠していたということ。なぜ?日米関係に波風を立てたくないから?米軍に対する反発が強まるのを避けたかったから?でもいずれは知られること。ではなぜこんなに遅れたのか。おそらく6月に控えていた沖縄県議選に影響を及ぼしたくなかったからなのだろう。選挙前に事件が発覚すると、「基地反対を明言している候補者が有利になる」と考えたのではないだろうか。(ちなみに沖縄防衛局が事前協議をいきなり打ち切り、辺野古のくい打ちを8月1日に行うと通達してきたのも県議選の2日後だった。選挙後、政府はやりたい放題である)。
一人の少女が軍隊によって傷つけられた。それを「選挙に影響が出るから」という理由で隠され、操作されたのだとしたら、政府によってさらに、少女の尊厳が傷つけられたのだと感じる。そんな政府にわたしたちは、毅然として否を突き付けなければならない。
(この文章を書いているときに、沖縄で新たな女性への性暴力事件が発覚した。またもや米兵によるものだった。沖縄は怒っている。わたしたちヤマトにいる者も怒っているだろうか。)(平良 愛香 2024.7)
★ 「24年問題に直面 物流・建設業界 求む外国人・高齢者・女性」
これは、東京新聞4月28日トップの見出しです。日本は、国際労働機関(ILO)が定めた中核的労働基準2条約を批准しておらず、111号「雇用及び職業における差別の撤廃」も未批准とのこと。人種、性(ジェンダー)、出身など7つの差別事由が撤廃の対象として挙げられています。性(ジェンダー)には、もちろん性的指向・性自認も含まれています。
深夜の交代労働に関わる規制や正規・非正規の賃金格差などについて、日本政府は、ILOから是正勧告を受けるのではないかと懸念しているそうです。30年前に設定された、悪名高い「技能実習制度」(「実習」の名を借りた、非熟練労働者の移民受け入れのしくみ)が、就労制限を若干緩和した「育成就労制度」に変更されたとしても、果たして強制労働を適切に訴追・処罰できるものでしょうか?
入管法は更に「改悪」され、外国人がやっと得た永住権さえも剥奪され易くなった現状を見ると、暗澹たる思いです。
昨秋、WAMが主催した講演会で知った、クリスティナ・タン(フィリピンのシスター)の「求めているものは同情や涙ではなく、祈りですらない、怒りである」という言葉がこころに突き刺さります。理不尽さに怒るエネルギーだけは失わずにいたいと強く思います。
(比企 敦子 2024.6)
★ 「日本におけるイエスの白人男性像固定化を問う」
急速に発達する生成AI(Artificial intelligence人工知能)。自分で執筆しなくても論文ができ、絵画や写真を創作できる。便利な
のはいいが、何が本物で偽造なのか、一人ひとりの判断能力がこれまで以上に求められる。ぼーっとしてるといろいろ搾取されそうだ。
2021年に発表されたAIによるイエス像は、今まさにイスラエルの攻撃下にいるパレスチナ人のようだ。地理的にもその描写は正しいと考える。私達 はイエス・キリストを神と信じていながらも、その「神」の姿を白人男性と思い込んではいないだろうか。日本に最初に布教したのが西洋人男性であり、持ち込こまれたイエス像が西洋白人として描写されていたこと、また戦後アメリカからたくさんの宣教師が来たが、彼等はアメリカ社会の白人優位の意識も一緒に持ち込んだ。そうやってキリスト教と日本の男尊女卑文化が融合し、日本におけるイエスの白人男性像が固定化されてきたのではないだろうか。神を信じると言いながら、神が造られた命に上下を付け、差別したり、命を奪う愚かな行為が、一刻も早く世界中で終わるように祈る。(大藪順子 2024.5)
★ 「風に身をまかせ、共に、大空へ(ペンテコステに寄せて)」
「風が縦横無尽に 鳥たちは翼をあずけ/今飛び立つ あなたと共に/大丈夫 これからも/大丈夫 一人じゃない」。これは、当委員会主催の集いで観た映画『Team その子』の主題歌『Re:』の最後の一節。解離性人格障害であることの孤独と混乱に生きる主人公が、自分の中の人格たちと出会い、支え合って生きていく希望として響いてくる。そして観るわたしたちへのメッセージとしても。「風」はギリシア語(プネウマ)でもヘブライ語(ルーアッハ)でも、「息」「霊」と同じ言葉だという。創世記神話で神が息を吹き入れて「人は生きる者となった」というその「息」も、ペンテコステで一同が満たされた「聖霊」も、「風」。その風に安心して身をまかせたい。……戦乱のかの地に暴風が吹かないことを祈りつつ。(原直呼 2024.4)
『戦争は女の顔をしていない』筈なのに
以下は、『教会と女性』35集を準備していた5月末、1日も早い停戦を願って巻頭言に掲げたものです。ウクライナ軍の反転攻勢が強まり、追い詰められたプーチン政権が予備役30万人の動員と住民投票の結果と称する4州併合を一方的に宣言した9月末、状況は益々先行きの見えない泥沼と化しています。教区性差別問題特別委員会一同の、停戦への願いを込めて改めて掲載します。
2022/10/11 横浜大岡教会 水田 秀子
ロシアのウクライナ侵攻を機に、軍事的中立を保ってきた北欧二か国がNATOへの加盟を申請した。プーチンの思惑とは真逆の結果となったこの話題が新聞の一面を賑わした5月中旬、フィンランドの首相が日本を訪れた。サンナ・マリン氏、36才。2019年欧州で最年少の首相となった女性だ。恵まれた家庭で育った訳ではなく、27才で地方議会の議員に選ばれたのが政治家への第一歩だそうだ。スウエーデンの首相マグダレナ・アンデション氏、こちらは54才。二人とも前政権で重要閣僚を務めた後、トップに選出されている。奇しくも二人の女性首相が、同盟加入への舵を切ったことになる。
2021年12月、独首相を退任したアンゲラ・メルケル氏はロシア支配下の東独で牧師の子として育ち、30代半ばまで物理学の研究者だった。ベルリンの壁崩壊に衝撃を受け政治の道に入り、堪能なロシア語でゴルバチョフとの交渉の通訳を務め、頭角を現したという。歴史に「もし」はないと言われるが、もし、メルケルが更に四年在任したら、この危機にどんな働きをしただろうか。EUの盟主と言われた彼女が欧州の結束を守っていたら、プーチンは侵攻に踏み切らなかったただろうか。砲撃止まない首都キーウを訪れたEU首相フォン・デア・ライエン氏は、メルケル政権で、国防相などを歴任した女性だ。この危機に、水面下で彼女と接触を取っているかもしれない、これも夢想だ。
キーウの北方の街ブチャでのロシア軍の蛮行は世界を震撼させた。その凄惨な現場を検証したウクライナの検事総長が女性だったことにも衝撃を受けた。厳しい眼差しと、真っ赤に塗った口紅が印象的だった。今は、戦時下で始まった、戦争犯罪者の裁判の指揮をとっていることだろう。
このように、社会の上層部活躍する女性がいる一方、戦火の最前線で戦っている女性兵士もいる。陥落したマリウポリのアゾフスターリ製鉄所の地下で、夫と共に戦っている女性兵士(夫は戦死)や、捕虜となってウクライナ軍に連行されたロシア軍の女性兵士の姿が報道されなんともやるせない気持ちになった。『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)筈だったのではなかろうか。士気に燃えていると言われる屈強な男性たちだって、本当は苦しくて辛くて堪らない筈なのだ。この『教会と女性』35号が刷り上がる頃には、停戦が成立していることを願うばかりだ。
★ミモザの花に寄せて
花屋で黄色いミモザの花を見つけて春を先取りしたような気分になったのは、つい先日のことですが、来る3月8日は「ミモザの日」とも呼ばれる「国際女性デー」です。
1977年に国連総会において決議されたこの日の起源は、20世紀初頭から世界各地で広がりを見せた女性の権利や政治への参加を求める運動でした。先人たちが苦労して勝ち取ってきた権利を私たちは享受しています。けれど女性の権利獲得は、日本ではまだ道半ばだと思わずにはいられません。
世界経済フォーラムが2023年6月に発表したジェンダーギャップ(性差によって生じる格差)指数は日本が146カ国中125位で、いわゆる先進国の中では最下位でした。さらに政治・経済・健康・教育の四分野別に見ると、政治が138位、経済は123位・・・。女性が生きにくい日本の現実を表しています。衆議院の女性議員が1割にとどまっていることや、これまでに女性の首相がいないことが政治分野の低さの要因だそうです。
そんな男中心の政治の場では、女性差別発言が繰り返えされてきました。去る1月28日には、福岡県で講演中の自民党麻生副総裁が上川外相について、「俺たちから見てても、このおばさんやるねえ・・」「そんなに美しい方とは言わんけれども・・」と発言しました。自民党男性議員側に優越性があるとした上から目線の言葉で許せませんが、容姿についての言及も容認できません。
この問題は、これで終わりませんでした。発言を撤回した麻生氏に対して、川上氏が「どのような声もありがたく受け止めている」と応答したからです。それが是か非か、波紋が広がりました。私の中にはまだモヤモヤ感が残っているのですが、もし、女性の議員として麻生氏の言葉に真っ向から立ち向かってくれたら、勇気をもらえた女性が多くいただろうと、とても残念です。まだ春の訪れは遠いようですね。 (渡辺幸子 2024.3)
2024年4月より「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(通称・女性新法)が施行される。特徴的なのは、性暴力被害、家庭や社会環境などの問題により、今現在日常生活や社会生活に困難な状況を抱える方だけでなく、今は問題が顕在化していなくても今後その恐れがある女性までをも含んで支援する制度となっていることだ。
ただ困難を抱える「女性」に対しては、字面を見る限りでは申し分のないものとなっているが、トランスジェンダー女性に関しては、「関係機関と連携して可能な支援を検討することが望ましい」とされていて、こちらの方はまだまだ進化が必要な模様。
改善された新法、必要とするひとのところにあまねく届いてほしい。(工藤玲子 2024.2)
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